『東京IT図鑑 No.3 河野理愛さん』

2014年6月30日

  • 河野 理愛さん
  • Rie Kawano
  • Cognitee Inc. Founder & CEO
  • 2014.6.30
  • No. 003
  • interview: Koki Okamoto
  • photo: Yoshiaki Oshiro
  • writer: Saori Yamamori
■震災がきっかけで国内からグローバルへ 最初の起業のきっかけは、14歳で作ったWEBページでした。 しかし、大きな会社と取引をする中で、自分の経営の幼さを感じ、もっと勉強しないとダメだと思いました。商社などと取引をしていると、商社の方たちは志も高いし大企業でしかできないことをやっているなと感じたんです。 このまま経営者としてやっていてもダメだと思い、できるだけ大きな会社に入社しようと決意し、大学4年生のギリギリの時期に就職活動をしてソニーに入社することになりました。元々英語はできなかったし、グローバルに興味もなかったんです。ソニーが日本の会社じゃなければ、入っていなかったというか入れてなかったと思います。 ソニーでは様々な会社のエクゼクティブと仕事をさせてもらい、とても勉強になりました。色々な人と触れ合いながら仕事をする中で学ぶことは多かったです。でも、会社が傾いていることも分かっていました。新規事業に携わる仕事をしていましたが、説得時間がかかるし、何も新しいことがないまま時間が過ぎていきました。 そんなときに東日本大震災が起こりました。震災が起きるまで、日本はイタリアみたいな国になると思っていました。文化が成熟してのんびりとしていて、観光でお金入ってきて、食と文化が豊かな国。そして、人口が減少していき…。でも、震災がおき、復興エネルギーが必要だと感じました。右肩上がりの産業がない中で日本は何をしていくのだろういう疑問がわきました。自分は大きな会社にいて、上の説得をするか、右肩下がりの事業に携わるか。一体何をやっているんだろうとその時感じました。何か海外向きの右肩上がりの事業をやらなければいけないと。 ■起業のフレームワーク 日本から海外に売上を立てることができるということ以外に、人のセンスで行うことができる作業をしている会社に入りたいと思いました。その思いは、ソニーにいたときに1ヶ月製造工場で仕事をする機会があったときに生まれたものです。工場で働いてみて、工場はいずれなくなると感じたんです。機械が人間に代わって全部やるようになると。そのときに、人間が残ることができる余地はどこだろうと考えました。それを探るために、文章を読みながらや、他の作業をしながらなど色々実験をしながら働きました。その結果、人間は工夫するとかができるんだと分かりました。 単純にパーツを組むという仕事はなくなっても、何か大量雇用を生み出せることがあるのではないかと思っていました。 製造現場に行った際のレポートに、「パーツをアッセンブリするのではない、もっと高等なものを工夫しながら人が作業を行う時代が来ると思う。」と書いたのですが発想の原点はここだと思います。ソニーで新規事業を考える際に、そういった仕組みで何かできないかと考えていたのですが、残念ながら実現できませんでした。 そんなことを考えているときに、DeNAがまさにそういうことをやっていることを知りました。具体的には、ゲームの裏で数字を15分ごとに見て、システムの人が改善したり、アイテムを投入してみたり、人が担っている部分があったのです。それをベースにゲーム以外の世界で、同じフレームワークで何かできると感じました。海外に向いていたこと、人のセンスを使った仕事をしていること、という2つが決め手でDeNAに入社しました。 しかし、ソニーにいたときに培った価値観との違いを感じ、辞めようと決意しました。海外向けの企業を探して入ったにも関わらず辞めるに至ったので、別の会社に入社するのは違うと思ったのです。そこで、自分に1年だけ猶予を与えて、ビジネスプランが組めるかどうかチャレンジしました。 当然、海外向けの事業を考えようと思いました。ソニー時代の知り合いでベンチャーキャピタルの人に、ビジネスプランを見てもらってGOサインが出たらやろうと思っていたんです。半年くらいでプランとプロットタイプができたので、アメリカに行き、テーマとしてどうかということを何人かの有識者に見てもらいました。すると、やるなら今じゃないかと言われたので2013年3月に起業しました。 その際に、社会、商品、会社、ビジネスモデルの4つを整理するところから始めました。 ■主体者に委ねる「結論」 弊社の商品は、ディスカッションをサポートするソフトです。ソフトの特徴としては、ただディスカッションの内容を記録できるだけではなく、ロジックがおかしいところや、話の流れで理由付けが少ない部分にはアラートが出るような仕組みになっています。 システムのベースは認知言語学です。世界中の判例を集めて、裁判でどの程度のロジックが出れば、反論が出ず納得して判決に至ったかというものを集めたものがあるので、それをベースに、文章を分析している。軸がどうブレるかを分析することができます。意思決定をサポートはするけれども、何が「正しい」のかということは提示しないということをテーマにしています。 結論を出すのは本人自身で、それが「間違っている」とか「正しい」とかではなく、納得できるかどうかが大事だと思っています。バイアスがかかっていたり、情報が不足していたり、思い込みがあったり、誰が言ったから、などということでイライラすることが多いですよね。よって、まずはそこをフラットにしたいと思ったので、正しい結論は与えません。みんなが納得できるのはここだよというラインは、機械が提示してくれた方が人は納得できると思いませんか。他にも、数字で示されると納得するということもあると思います。 最近は、リコメンドとかプッシュ広告など答えを押し付けるものが多いですよね。そのような「正解」を与える時代は変わると思っています。「正解」ではなく「選択肢」を見せる時代に変わるのではないでしょうか。人はみんな違う考えを持っていて、みんなが違うという中で何を選ぶかは、そのとき、その人が何を選ぶかに委ねられています。その時どきによっていい判断があるはずだと思います。それを目指すためには、あるべき情報とフレームワークを与え、意思決定は与えない。あくまで、スタートラインに立たせるところまでのサポートです。 ■IT業界の「工場」づくり システムのベースとしてたくさんの文章からのデータ抽出が必要です。通常のビッグデータを扱っている会社は、システムが平均値や中央値をとっている場合が多いのですが、弊社は違います。人が分類分けをしています。様々なディスカッション、政府のレポート、ブログなどを分類し、分かりやすい文章と、分かりにくい文章をパートの方を中心に分類してもらっている。それを、弊社のソフトにかけることによって分析可能になるのです。 良い文章、悪い文章の特徴を知った上で、分析結果が出るようになっており、平均値から遠い外れ値を含めたままで蓄積されていきます。そういったデータの蓄積はパートとかバイトの方々がやってくれています。人間のセンスが光る部分を、きちんと人力でやっているのです。ソニー時代の工場経験から得た「高等なものを工夫しながら人が作業を行う」ということを生み出せていると思います。 そのように人の力を使って新しい雇用を生み出していることが、新しいタイプの「工場」だと思っています。「工場」は働くシステムとして素晴らしいと思っている。資格がなくてもできることがあり、ステップアップすることができる。ステップアップできる部分がないと産業としてはダメだと思っています。 IT業界の中で、ゼロからでも始められる労働環境を作りたい。そういう思いで「工場」を作っています。 ■新たなワークスタイルの創造 弊社では、全員が在宅で仕事をしても良いことになっています。ただ、家で仕事をしたくない人もいると思うので、全員に都内20か所ほどのビジネスラウンジを利用できる権利を持たせている。好きな場所で自由に仕事ができるようになっています。そうすることによって、介護が必要な人や、小さな子供のいる人でも物凄く働いてくれています。結果的にフルに近いくらい働いていのではないでしょうか。 場所に制限を設けないことによって、通勤はできないけれども、能力とやる気のある人が、どんどん昇格、昇給して仕事のマネージまで行う人もいます。最初に入った50代のパートの女性で、今や部長になっている人もいます。 無駄なことはなくしていきたいと思っています。例えば、本当に朝会社に出勤しないと仕事はできないのか、出勤する時間や労力を省くことはできないのか。顔を合わせることで調子がわかる等のメリットがあるかもしれないけれども、それ以上のメリットがあるかもしれない。それなのに、どうしてそこに挑戦せずに従来型の働き方でいいと思っているのか疑問です。 我々は最初から新しい勤務体系に挑戦するということを宣言しており、それに共感できない人は来ないで下さいと言っています。 他にも給与体系の工夫をしています。毎月、必ず直属の上長が評価査定をしています。自宅で仕事なので、1ヵ月間どんな仕事をして、それが当初の自分の目標からどれくらいオーバーしているのかというかたちで評価が行われます。月報でコミュニケーションを取って、これくらい目標をオーバーしているから、これくらい加点すると査定をし、合意した上で給料が振り込まれます。きちんと合意をとっているのは何がいいもの、何が評価されるものかを見える化し、互いのセンスを高めるためです。全員が出勤するというワークスタイルではなく、顔が見えない関係になっているので、必ず部下の評価の査定は直属の上司が行うことにしています。評価者は正直きついのですが、必要なプロセスだと思っています。 そういった仕組みになっているので、仕事ができない人や約束が守れない人はどんどん給与が落ちていき、反省せざるを得ない状況になる。しかし、頑張ればどんどん昇給するのです。 「社会がどうなってほしいか、そのためにプロダクトはこうあるべき」という考えがあるのと、新しい社会になるためには、私たちのような新しい形のワークスタイルが必要だと考えているので、両方にチャレンジしていくつもりです。 ■ゼロだからこそできる挑戦 今までのものを変えることに不安というのはもちろんあります。毎日、日報を出してもらわないと、知らない人に遠くで仕事をしてもらうには不安だったときもある。遊んでいるのではないかと不安に思うことも当然あります。その不安感は段階を踏むことで取り除いています。最初の1ヶ月は仕事する前に連絡、終わった後に振り返りも含めて何をやったかを報告してもらう。そうすることによって、どういうペースの人なのか私自身が把握できるので、仕事をお願いしやすくなる。働く人自身もペースをつかむために連絡をお願いしています。 不安感から新しいことにチャレンジできなくなっている人が多いと思います。また、現行のルールで楽をしている人がいると、そのルールを変えるのは難しい。だから、既存の企業では新しいルールづくりはできないと思います。 ■気持ちのコントロール法 気持ちを安定させるために1年ほど続けていることがあります。それは炭水化物を摂らないということです。今の会社を作って2か月ほど経ってから、急に不安を感じました。大企業にいたときは、何か事象があって、それに対して精神的に安定しないことはありました。しかし、何も変化していないのに、とても不安に陥った。何でこんな不安なんだんだろうと思いました。そこで、記録を付けることにしたのです。どんなときに不安で、どんなときにハイなのか。 そうすると、見えてきたのは炭水化物を食べて血糖値が上がるとハイになるということでした。ただ、その後血糖値が下がると、不安になることが判明したんです。何度か記録を取ってみたところ、やはり原因は炭水化物でした。よって、炭水化物をやめました。限度はお茶碗1杯ほどと分かったので外食する際でも、それ以上は食べないことにしています。 また、精神的な安定は良いパートナーのおかげもあります。共同創業者として、最初から一緒にやっている役員です。現在ソニーで働いているのですが、会社の了承をもらって役員を兼業してもらってます。 ソニー時代から6年ほどの付き合いです。と言っても同じ部署になったことは一度もなく、役員はエンジニア系で、私は経営系の部署でした。しかし、中期計画や戦略などを考える際に一緒にやってきたので、目指す方向性等について6年前から話し合っています。彼と今後の方向性を話し合っていると仕事に前向きになれます。そういう相手がいることは強みだと思っています。人の育て方等も含め、会社が直面する様々な面で話ができる相手です。 今の会社を作るときは、相当覚悟して作りました。12年前に起業したときは、本当にしんどくて、もう二度とやりたくないと思っていました。その後のサラリーマン生活はやはり甘えられるし楽でした。ですから、また会社を作るということは、もう一度苦しい時期を経験しなくてはならないことは分かっていました。気持ちの余裕や、自由に使えるお金、友達の時間などを犠牲にすると。 でもやらなきゃいけないので、甘えは捨てました。 そのとき、「第一人者、リーダーとしてやっていくためには、第三者の視点が絶対に必要。第一人者こそ第三者たれ」という言葉を12年ぶりに思い出したんです。サラリーマンのときは、甘えることも仕事のうちだと思っていたました。下だから見える不満をぶつけるべきだと思っていて、かなり上司に不満をぶつけていました。ぶつけてはいけない立場になったとき思いました、周りをイエスマンにしてはいけないと。そのため、いかに部下の気持ちでいるかということを重視し、リーダーと部下の両方の目を持つことを意識しました。 ■危機で気づいたインプットの大切さ 今年に入って会社に人員を増やしたことで、社員の気持ちが離れているということを急に感じたときがありました。「メッセージが伝わってこない」「方向性がわからない」という意見があり、急いで社員会議を設定し、今後についての話し合いの場を設けました。 改めて、自分の発信力が足りないと反省し、エグゼクティブや社内での発信方法の講座を見つけ毎週通っています。企業の広報部や、経営企画部の人などが集まっている講座です。受けてみて自分はインプットの機会が少なすぎると感じました。敢えて学ぶということを意識しないとできなくなっていると。講座を受けているときは、とてもワクワクします。「いつもと違う流れができている」とか「そっか!こうすればよかったのか!」とかすごく楽しいです。学ぶということは、きっかけがないとできないので、振り返ってみれば良いきっかけに巡り逢えたなと思っています。 ■絵で作る心の空白 仕事が生活の主軸になっていますが、今は仕方ないと思っています。今が勝負のときなので、覚悟しています。 その中で、週に1回は必ず勉強なり他の仕事以外のことをするようにしています。絵を描くのが好きなので、近所の神社で写生したりしています。本当に小さい頃からスケッチや水彩画などを描いていたんです。絵を描いているときは無心になれるのですが、この1年はそれがない1年間だったので、よくないなと思って最近は意識的に描いていますね。 私にとって絵を描くのは癒しですね。 ■会社のバイブル だいぶ前に買っていたけど、起業する時にリファレンスとして「レキシコンの構築 子どもはどのように語と概念を学んでいくのか」という本を使いました。この本には子どもはどのように語と概念を学んでいくのかということが書かれています。 子どもは言葉を認識する前の状態があって、そこから徐々に言葉を認識していく。モデルとして1つの図形を覚えさせ、他の4つの図形がどこまでが同じ仲間か言ってごらんと見せる。そうすると、子どもによっては、これとこれとは同じ形だからここまでという子もいる。細長いからここまで、もじゃもじゃしたものがついているからここまで、長いんだからこの3つと各々異なる反応を見せます。人間の認知としてバイアスがかかっていない状態で、どこで仕分けているか。これが、人間として言語に関わらない状態での認識の仕方です。こういう考え方をベースに、会社のバイアスがなくなればいいなと思っている。弊社にとってはこの本がバイブルですね。 ■次回のインタビュー ユカイ工学株式会社 代表取締役 青木 俊介さん ユカイ工学はココナッチや目玉おやじロボットなど、独特の世界観をもつロボット開発ベンチャー。 ■あとがき 話した瞬間に同じ女性として心を奪われました。新しい働き方の模索、常に自分と向き合って何が必要なのか問う姿。きっと、これから少しずつ労働環境というものを変えて下さると思います。 コグニティ株式会社 代表取締役社長 河野 理愛さん 19歳の時に特定非営利活動法人スポーツインキュベーションシステムを設立.大手企業数社と取引するうち、スポーツの業界だけでは解決し得ない問題に気付き、活動を休止。2011年に株式会社DeNAに入社し、US向けの事業拡大を担当.末永く、日本で働く糧になるもの・海外でも受け入れられるものとまっすぐに向かい合いたいと考え、2012年に退社。2013年、コグニティ株式会社を創業。